BLOG
ブログ

創業からのストーリー

 ジャカルタより帰国後5月9日は創業者の祖父の命日で、東京からも従業員が大阪箕面へ墓参りに集結しました。日頃創業者の事を語る機会が減っている気がしますが、この会社は私が起した会社ではありません。あくまで「未来へつむぐ」会社です。

 創業者は船場のメリヤス問屋で丁稚として修行し、1930年にタオル卸で独立しました。戦時統制経済の頃は配給の窓口となってタオルを全国に届けていたようです。イトーヨーカドーの創業者が来られて東京に店を出さないかと言われ、東京でも発展した逸話があります。

 当時は船場に丁稚制度というのがあり、八木春学校と言われた程丁稚を抱え、彼らが住み込みで働いていた時代があります。今でも当時のOBがタオル業界に多数おり、私はOBさんに色々と教えてもらいました。祖父は大変厳しく、夜の門限はもちろん、お金も与えられず社内に貯金させたそうです。

 5年で独立するのが基準だったのか、OBさんはいくら貯めたかの話をよくしてくれました。どうしても使いたい時は申請するのですが、まだ使えると言われて我慢させられる日々だったそうです。あるOB(犬飼さん)は、八木春で学んだ一番の事は「我慢」と云われました(笑)

 もちろん、そんな生活に我慢できない丁稚さんも多数いたんですが、祖母に救われたそうです。厳しい祖父と優しい祖母がいたお陰で、八木春の今があるのです。亡くなられた元会長は「私は創業者の作品だ」とも云われていました。

(箕面の墓地には創業者の祖父と祖母、二代目の伯父が眠る)

 時代が変わり、今や丁稚制度も終焉し、タオル卸業も撤退した次第ですが、この歴史は変わりません。私の代になって新たなストーリーが出来てきましたが、イトーヨーカドーさんも今やスーパーは衰退し、セブンアンドアイとしてコンビニが隆盛を誇ります。

 タオル屋が一体何屋になったのかという事ですが、「未来へつむぐ かしこいせんたく」というタグラインにあるよう、洗濯屋になりました。何故ならタオルを供給しているだけではお客さんへの満足度は限界があり、売った後使ってもらった時に水や洗濯が大事だと気づいたからです。

 特にインドネシアでは硬水のため繊維が脆化し、商品の寿命が縮まります。地球環境を考えて洗剤も減らし、リネンを長持ちさせる取り組みを当社は長年続けています。このストーリーをしっかり伝えていきたいものです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です